© Daisuke Kumakiri
© Daisuke Kumakiri
関西人である女性の店主、ちあきさんから差し出される料理は美味しそうなのである。
小料理屋さんの女将さん宜しく、彼女が客の正面から料理をサーブ出来るように、キッチンに併設する通常のカウンター以外に、それと並行にもう一本、カウンターを設けた。 彼女の身長、容量を丁寧に解析して、客に対する目線の高さ、客との距離を決めたカウンターはH:900mm, D:600mm、L:4600mmの長いハイカウンターとなり、彼女の専用サービス導線はW:550mm、背後の花ブロックの壁の高さはキッチンのカウンター高さとほぼ同じとなった。
ここに座ると、丁度良く目線が抜けて気持ちが良く、キッチンで板長が動いている様子も見ることが出来る。
キッチンとの距離感がちょうどいいと思う人もいるだろう。
カウンターに馴れない人達にも使い易く、一方で常連達にも好評な席となっていると聞いている。
© Daisuke Kumakiri
きっかけは、店の存在がわかりにくいので、外の看板を考えて欲しい、との依頼から始まった。
建物の2階にあり、その入口は左右の繁盛店に挟まれている、ということもあって、この店を目指している客ですら何度か入口を見逃してしまう程であった。
店の存在、2階へのリードという看板としての機能は満たす一方で、以前から本物志向、大人への憧れがある二人を知っていたので、ここは、はしゃがず凜とした佇まいの看板を企画デザインすることを心掛けた。
提案したのは、滝のように2階から道路面へと前面に流れ落ちる長い暖簾。
両サイドの店舗のオーニング(可動式屋根)の軒先近くまで張り出したその暖簾をくぐると、バックライトに照らされた建物ファサード面の暖簾があり、店舗へと誘導する、という仕掛け。
グラフィックは、勢い、清潔、新鮮、自由、ストイックを表現すべく、4色の紺色のグラデーションで縞模様をデザインした。
この縞模様がこの店のロゴ・パターンとして店内やショップカード、WEBデザインに展開しているが、印象が共通しているだけで一つとして同じ縞模様はない。
紺縞模様の印象をロゴマーク(パターン)とした。
© Daisuke Kumakiri
次の依頼は、個室の使い勝手を良くしたい、ということだった。 東京中目黒、彼らの人脈という環境から、個室条件で予約される客が多く、その動機に対して設えとして十分に対応したい、ということだった。
プロジェクトの経済条件が厳しい中、華美な装飾で室礼(しつらい)を整えるのではなく、静謐に、ストイックな美しさで、迎えたいと考えた。
利休鼠からシルバーにかけての壁紙に広幅の襖を見立てて細い生成りの木でグリッドを回した壁で2方を囲み、ここも壁から突き出た大きなカウンターをテーブルとして使用している。
カウンターの付け根、妻側には床の間に見立てたニッチを用意した。茶道具を多く所有している店主が想いのままに活用してくれることを期待している。
バンド(ポリデザインバンド)のメンバー構成は、以下の通り。
インテリアデザイン :山田健一郎 /今回も相変わらずの茶目っ気でキチンと納めてくれた。
施工・製作 :ピエロデザインワークス村川氏 /山田さんの茶目っ気を許してくれているのは彼。本当に是正工事の少ない、安定感のある仕事をしてくれる。
グラフィックデザイン :針谷誠児 /たった20分程度の電話のデザイン依頼の翌日、完成度の高い紺縞模様を作ってきた。
ホームページデザイン :木宮志野 /板長勝氏の料理をこよなく愛す彼女からは、マーケティング的視点からのデザインアイディアが溢れてくる。
» 「安穏戊」Webサイト
企画・プロデュース&ディレクション :尾谷憲一
© Daisuke Kumakiri
© Seiji Hariya
© Shino Kimiya
大切なのは、ストーリー。
20年もの間、常に気にしていたことであるが、今回、クライアントが長く良く知る知人であることもあり、事業には直接関係しないのだが、彼らの想いを反映したストーリーをインテリアにもグラフィックにも、注入している。
インテリアデザインには、伊勢物語の東下りの段、八橋での場面をモチーフにして、カウンターを雁行させている。カウンターを雁行させたのは、言わずもがな光琳の『八橋蒔絵螺鈿硯箱』から取っている。
いつか関西で店を出したい、という店主の望郷の想いと、常連客の多くが注文するという板長の握る人気のにぎり飯を、状況は違えど、主人公である京の“男”が東京への旅の途中、故郷に残してきた人を想い、乾飯(かれいい)を食べたという、シーンと重ねた。
光琳の硯箱では蓋に鉛の八橋、その下の段には黒漆に蒔絵で波模様が描かれ、空間的に八橋のシーンを見立てている。当該プロジェクトでも、橋(カウンター)の下にあたる腰の部分には、単純な長方形の穴があいた琉球花ブロックの一部に青海波の花ブロックを混ぜることで、空間的な見立てを実現してみた。
入口の階段を上がってくると、縦格子の椅子の背面、花ブロックのカウンターの腰、同じく花ブロックのサービス導線を仕切る壁が3枚のレイヤリングで奥行きの拡がりと楽しみを演出する。
空間的手法は別にして、京都では、燕子花の季節には、旅館や懐石料理屋さんではよく見かける見立てである。
グラフィックデザインでは、颯爽として正当に美しいロゴタイプの『安穏』の文字の中に、『女心』を意識させてみた。落ち着いた書体の中で、未完成に少しバランスを崩して存在する『女心』。 自分達の経験と、想いと、実力と、憧れの中で、揺れる二人が、それでも正気をもって正当に向かっていってほしいと思っている。
まるごとヴィジビリティ、アピアランスを取り替えるプロデュースを施すことで、ブランディングを行いやすいようにガイドを入れている。
ショップカードや名刺、看板、そして、ホームページもSMRでデザインしている。
ホームページで気にしたことは、とにかく、はしゃがないようにすること。中目黒という場所にあって、少しでもそんな様子があれば、土地の持つポップで時代の大波に乗りやすいマーケットが瞬間に消費してしまう、或いは逆にそれすら叶わず土地に紛れてしまうことを敬遠した。
淡々と気を配り、シンプルで味わい深く、余計な手は入れない、余計なことに惑わされず真っ直ぐ前を向く。
まさに同店が目指すブランドコンセプトのようなデザインを心掛けた。
店主と板長、二人が目指す雰囲気やステージを表現出来たと思っている。