1967年、秋田県男鹿市生まれ。毎年大晦日の晩、なまはげが山から下りてきて我が家にもやってきていた。そのインパクトが私には刻まれている。

 

当時の秋田は雪が多かった。家の明かりも少ない暗闇の中、川向こうの道路から大きな声を上げて藁のムシロを纏った大きな2体のなまはげが我が家に向かってくるのを家から確認すると、私は仏壇の裏に隠れる。

ほどなく、家の玄関の戸が壊れんばかりの勢いで叩かれ、大人達がなまはげを家に迎え入れる。そこで、例の「わりいごはいねがあ、おやのいうことをきかねえごはいねがあ」が叫ばれるのである。 

その恐怖は子供にとっては、まさに生きるか死ぬか、だ。母は隠れている私を見付けると、「このこはいうことをきかねえ」と、なまはげに差し出す。私は短かったこの世の終わりを感じて、精一杯泣きじゃくる。祖母が私となまはげの間に入って、「本当はわりいこではねえ」と、なまはげが私を連れて行こうとするのを制してくれる。私は祖母が神に見える。

それが毎年繰り返される。

それからの一年は、夜に三拍手をするとなまはげが下りてくる、ということになっているので、子供にいうことをきかせたい場合には、二拍手で止めて三回目を寸手で止める、という技を披露することになる。当然、子供は泣きやみ、親のいうことをきかざるを得ない。


電灯が台頭してきた谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の時代でなくとも、いや、明るくなりすぎた現代にこそ、“陰翳”には日本の美意識が詰まっている。

それは単純に視覚的な光の具合から生まれる陰影だけではなく、人間の心理から生まれる陰翳も含まれる。寧ろ、後者の要素が多いと言える。


今、この“陰翳”に詰まった日本の美意識を感じたい、教養として身につけたい、と思っている人が増えている。欧米を中心にした外国人までも、もちろん日本人もだ。フジヤマ・ゲイシャの時代を過ぎ、日本の本質的な美にまで、外国人も辿り着き始めた。受信者の感度は上がっている。


陰翳礼讃の流行に乗って“和蝋燭を灯せばよい”ということではない。和蝋燭を灯すだけではただの薄暗い空間ができるだけだ。そこに生まれる揺れる闇の中に何かを感じさせる必要がある。

お寺さんのライトアップをすれば良い、ということではない。昼の時間を延長した夜であったり、単純な“光と陰”の美しさの演出では“陰翳”は感じられない。それは陰翳礼讃志向のマーケットには不十分だ。谷崎のいう、西洋的な志向である。発信者の感度も上げる必要がある。


東京新宿の百貨店の1階化粧品売場で男性英国ブランドが商品発表会を行った際の会場デザインをしたことがある。

我も我もとひたすらに明るく、白い照明で溢れる中に、黒漆の全艶の壁で四方を囲った空間をデザインした。その空間に近づくと、深くどこまでも底のない闇のような黒色の存在が、人間の本能には気になって仕方がなくなるという仕掛けだ。周りの景色を映しこみ、自身の形ははっきりしないが、圧倒的な凹の存在で、女性ばかりがいるフロアの男性ブランドのイベントにも関わらず、たくさんの入店者を呼ぶことが出来た。

人間の心理を動かす陰翳を創り出すことができたと思っている。


日本には、“陰翳”を孕んだ祭りや慣習、デザインといった文化が多く存在する。

夜桜、薪能、灯篭流し、ブラックナイトの“絵金祭り”、湿度の高い重い空気を街中にながす“おわら風の盆”、金箔等々。

そこから“陰翳”の含みを損なうことなく、ありのままに削り出せる切り口を見つけてマーケットに提供する戦略と、その場に居る人達の心理を把握したデザインが必要となる。


そして、それらが展開される時間帯、人間の気持ちのモードが切り替わる逢魔が時から御来光を拝む時まで。その時間帯を多くの人に提供、ハンドリングできる宿泊業にこそ、そのチャンスは多い。


“陰翳”に含まれる心理作用を理解し、表現することが必要である。

私の陰翳にはいつでも“なまはげ”が潜んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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